幼児における遊びの定義とは?

学びのきっかけとなる遊びというのは、例えば算数遊びや、言葉遊びといったそのようなことを言っている訳ではありません。「学び」とは、別に小学校の教科のことを指している訳ではなく、もっと広い意味で何かそこに子供の成長というのが成り立つようなものを指します。

 

保育研究者の間で、かなり意見は分かれると思いますが、一方では、学び等と言わずに、まずその遊びにおける充実というものをしっかりとやっていくと、結果的にはそのような事に繋がると言っていると思います。

 

これが主流派であると思いますが、まず子供は目の前のことにどっぷりと浸かり、その遊びの中で充実した経験をすると、そこから成長が自然に生まれるものだという考え方です。

 

それはある意味では正しいと言えますが、ある意味でも間違っているとも言えるのではないでしょうか。充実というだけでは不足しており、そこに学びへの芽生えというものが生まれているということを考えていく必要があるのです。

 

さらに、そちらに向けて援助していかなければいけないし、保護者は実際にそちらに向けて援助しているのだと思います。正確に言えば、学びへの芽生えがあるようなものを充実と呼んでおり、充実と芽生えというものは表裏一体になっているとも言えるでしょう。

 

そのような保護者の立場から遊びの特徴というものを3つの視点で解説していきたいと思います。1つ目は、積極的、肯定的関わりになります。2つ目は、真剣な対峙というもの。3つ目は、子供同士の関係における共鳴ということを考えています。

 

まず、遊びというものが積極的、肯定的な関わりの中で起きるということに関してです。これは簡単に言えば、遊びは楽しいものだ、ということです。遊びというのは楽しくて、楽しいから遊びと言えるのです。

 

遊びというのは楽しいものというのは良さそうですが、いろいろな問題が横たわっています。例えば、この楽しさはどこから来るのか、ということです。どうして楽しいか、ということです。

 

また、実際に幼児の遊んでいる風景を見ていると、楽しいかどうかはどのようにして決まっているのか、ということがあります。一生懸命遊んでいるときに、楽しいと呼べるかどうかということです。

 

楽しさというのは、みんなで笑い合っているのを見れば誰が見ても楽しいんだな、と一目で分かるでしょうが、例えば子供がサッカー遊びをしているときに、ゲラゲラ笑うのではなく、真剣な表情で取り組んでいます。

 

げらげら笑っているとか微笑んでいる事を楽しさと定義してしまうと、実はほとんどの遊びは遊びとは言えないでしょう。子供が砂遊びをしていても、積み木遊びをしていても、げらげら笑ったりはしません。ふざけあって笑い合っている場面もありますが、それは全く別な話でしょう。

 

目が輝いていると言われてもよく分からないですし、一生懸命やっているというと先生の話を真剣に聴いているにもその部類に入りますし、塾でドリルを真剣にこなしていても真剣には違いありません。

 

それを遊びと呼ぶのは何となく抵抗感があります。ですから、実は楽しさというのは当たり前のようですが、それほど自明なことではないのです。